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東京地方裁判所 平成10年(ワ)30133号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

荒井新二

被告

大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

瀨下明

右訴訟代理人弁護士

鈴木諭

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は、原告に対し、金七三四万五六八〇円及びこれに対する平成九年一二月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  事案の要旨

本件は、原告がその所有する別荘内にある家財を目的として、被告との間で結んでいた住宅総合保険契約に基づき、被告に対し、右別荘の火災により発生した家財にかかる損害につき、保険金七三四万五六八〇円及びこれに対する弁済期の後である平成九年一二月一〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  争いがない事実及び証拠上容易に認定できる事実(証拠により認定した部分は( )内に証拠を掲げる。)

1  火災保険契約

原告は、平成八年四月二六日、被告との間で次のとおりの約定で住宅総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を結んだ。

(一) 保険目的 千葉県鴨川市貝渚<番地略>所在の原告所有の別荘の建物(以下「本件建物」という。)内の家財

(二) 保険金を支払う場合 火災ほか(住宅総合保険普通保険約款(乙一。以下「本件約款」という。)第一条)

(三) 保険金 一〇〇〇万円

(四) 保険期間 平成八年四月二六日から平成九年四月二六日まで一年間

(五) 特約 補償は家財新価

2  火災発生

平成八年七月一二日、本件建物に火災が発生した(以下「本件火災」という。)。

3  本件約款の免責条項

本件約款二条は、次に掲げる事由によって生じた損害に対しては保険金を支払わないとして、その一号に「保険契約者、被保険者またはこれらの者の法定代理人(保険契約者または被保険者が法人であるときは、その理事、取締役または法人の業務を執行するその他の機関)の故意もしくは重大な過失または法令違反」を掲げる(以下「本件免責事由」という。)。(乙一)

三  争点

【争点1】 本件火災は、本件免責事由によって発生したものか否か

(被告の主張の骨子)

本件火災は、原告の関与(放火)により発生したものと推認すべきである。

1 本件火災の原因

本件火災の原因につき、まず、自然発火及び電気器具・電気配線からの出火の可能性はない(鴨川消防署が本件火災の原因につき調査した結果(以下「本件原因調査」という。)も、これらの可能性を否定している。)。

これに対し、本件建物は、出火当時居住者がなく、無人の建物であったところ、出入り可能なすべての開口部は施錠され、かつ、ほとんどの窓が雨戸により閉じられていた。そして、本件火災による焼損が最も著しいのは、最も火の気と縁のない場所である一階和室六畳間の押入部分であり、株式会社分析センターが実施した焼残物中の可燃性液体量調査(以下「本件分析」という。)によれば、右押入部分の焼残物には灯油の反応が認められている。右のような事実を積み重ねると、本件火災の原因は、本件建物の鍵を有し、建物内に平穏に侵入できる者が、その意思に基づいて一階和室六畳間の押入付近に灯油をまき点火したとしか考えられない。なお、本件原因調査は、放火の可能性を否定しているが、検討されたのは、主に外部からの放火の検討である。

2 本件建物の鍵の保管

本件建物の鍵は、原告のほか、妻と娘のみが持っていた。

仮に、本件建物の鍵を借りた他人が、スペアキーを作成するなどして本件建物に侵入し放火をしたとすれば、動機として物取りか怨恨が考えられるのに対し、本件建物内部の貴重品は全部無事であったことが第一の疑問となる。また、本件建物内部に破壊の痕跡がなく、単なる焼損だけというのも疑問である。そして、何よりも、他人の建物に侵入した者がわざわざ完全施錠して出ていくとは考えにくいから、本件建物全体に完全な施錠がされていた点が最大の疑問となる。

3 本件保険契約締結を巡る事情

本件保険契約は、本件火災が発生した日から遡って七八日前の時点で、全く新規の契約として、本件建物の火災保険会社とは別の被告との間で、本件建物内の動産だけに特定した動産保険として結ばれたものであるところ、右時期は、本件建物に競売開始決定がなされている時期である。しかも、本件建物は、日常使用している建物ではなく別荘であり、長期間にわたって動産保険に付されていなかった。このように、原告にとって、この時期にわざわざ別荘の動産に火災保険を付する理由は極めて乏しい。

4 原告の経済状態

原告を取り巻く経済環境は、原告自身はもちろん、株式会社A住宅(以下「A住宅」という。)、原告の長男甲野一郎を含めて、厳しい状態であった。

すなわち、平成八年八月九日当時、原告が居住していた千葉県船橋市三山<番地略>の土地建物(原告の自宅。以下「原告自宅」という。)に原告を債務者とする二五〇〇万円と四〇〇万円の抵当権(債権者船橋信用金庫)、六〇〇万円の抵当権(債権者前田充伸)、A住宅を債務者とする六〇〇万円の根抵当(債権者千葉信用金庫)、五〇〇万円の抵当権(債権者住宅信用保証株式会社)が付されていた。また、原告自身、小岩の会社に勤務していた時代に三億円くらいの借金を負っていたし、これ以外にも、江戸川区や大蔵省から不動産に対する差押を受けた経験があった。一方、それまでは甲野一郎が経営していて、平成五年九月から原告が代表者に就任したA住宅は、平成八年七月ころ、借入金が一億六〇〇〇万円くらいあり、資産一億円としても五〇〇〇万円以上の負債を抱えており、年間の利益もトントンくらいで、債務の返済も難しい状態であった。さらに、甲野一郎も、平成六年二月四日に自己破産していた。

5 原告の行動

原告が、仮に平成八年七月一二日午後六時三二分に千葉県茂原市高師<番地略>所在のセブンイレブン茂原高師店(以下「セブンイレブン」という。)にいた(原告は、右日時が刻印されたレシート(甲一五。以下「本件レシート」という。)を所持している。)としても、本件火災発生時(本件原因調査によれば午後八時二五分)までに一時間五三分の余裕があり、被告側で行った走行実験でも、所要時間は一時間二四分であった。なお、夏休み前の七月一二日であれば、夜の一〇時半という時間に、茂原から鴨川までの道路が混むことは考えられない。

また、被告側で、原告がビラを配付していたという茂原市内にある三井東圧の社宅を、本件火災から一か月以内に三回にわたって調査しても、ビラの配布がされた痕跡は存在しなかった。

さらに、原告は、本件火災当日の現場到着時に本件建物の玄関ドアの鍵の状況と台所の掃き出し窓の状況を写真撮影している。しかし、玄関のドアが閉じられていた事実は明らかであるから、施錠状態にこだわることは無意味であるのに、原告は、右ドアを最後に閉めた人間があたかも鍵を一つだけ閉めて出たことを暗示するように、右ドアの二つの鍵の施錠状態にこだわり、特別に写真撮影し、台所の掃き出し窓についても、このドアが開いていたことの確認を求めるかのような趣旨で写真撮影している。原告は、現場で本人が疑われているという認識はなかったというにもかかわらず、このような写真撮影を行ったのは、将来自分が疑われることを予想しての行動としか考えられない。

(原告の反論の骨子)

本件火災の出火原因は不明であり、第三者による行為の可能性が高いところ、原告を放火犯であると確実に立証できない限り、本件免責条項の適用はない。

1 本件火災の原因

被告の主張1のうち、本件火災時に本件建物が完全施錠であったとの事実は争う。本件建物の台所掃き出し窓のカーテン二種は燃えたり、煙にまかれたりは全くしておらず、逆にクレセント錠のべローズが煙に煽られ真っ黒の状況を呈していた。そばにあった冷蔵庫が火災で一部溶解して焦げているのに対し、カーテンが少しも焦げていない状況をみると、この掃き出し窓がほかと異なって、カーテンが二枚とも引かれず、サッシ窓の施錠もされていなかったことが明らかであり、誰かがサッシ窓を施錠しない状態で本件建物の外に出て、雨戸を閉めていたことが推測される。消防隊員は、最終的な確認場所である台所の掃き出し窓については、雨戸が閉まっていたこともあって、それ以前に見た状況と大して変わりはないものとして、完全に施錠されているかどうかよく確認しなかったものと推測される。また、本件建物のサッシ窓、掃き出し窓及び雨戸は、消化のためすべてが消防士によって壊されたというのは、出火元とされる隣室の一階和室八畳間の掃き出し窓は、雨戸もガラスも破損しないで残っている。これは、その部分が実は施錠されていず、すぐ開いていたからと考えるほかなく、何者かがここから出入りしたものと考えられる。さらに、玄関ドアについては、消防士が一階和室六畳間から入り、中からこの玄関を開けた。錠はカチッ、カチッと二個開けたと述べていたが、これは明らかに消防士の勘違い(上下の錠とも縦にならないとドアは開かない。)であって、本件火災後、錠は、上が縦に、下が横の状態であったことが判明しているので、上は始めから開いていて、消防士は下だけをカチッと回してドアを開け、開けながらまた回したものと推認される。原告家族は、必ずドアの錠の上下を施錠することにしていたので、第三者が下の錠しか閉めなかったものと考えられる。

本件原因調査では、放火の可能性は明確に否定されている。他方、本件分析に用いた資料収集には、本件建物から検出されたものが実際使用されたか、重大な疑問が払拭されないし、時期的にも良好な現場保存が続いた後に検体が収集されたともいえない。しかも、灯油らしき油性液体は、和室六畳間押入だけではなく、南側居間の押入部分等をはじめ、放火には結びつかない箇所を含んで至るところから発見されたことになっている点も不自然である。

原告の家族は、決して本件建物内のブレーカーは切らないのに対し、本件火災当日、本件建物のブレーカーが切ってあったのは、第三者であったからこそである。また、照明器具のスイッチについても、原告の家族であれば、埋込式のいわゆる蛍スイッチが「切り」で、プルスイッチは「入り」の状態であるべきなのに、プルスイッチが「切り」の状態であった事実も、第三者が本件建物のスイッチを操作したことを物語っている。

実際、原告が従前本件建物に行ったとき、原告及び原告の家族には心当たりがないのに、耳たぶに穴をあけて通す型のイヤリングが布団の中に落ちていたり、若い女性が身につける特別なスキャンティ(パンツ)が洗って洗面器のところに干してあったり、生まれて間もない子供が覆く小さな靴下が干してあったりしたこともあった。

2 本件建物の鍵の保管

原告は、本件建物の鍵のスペアキーを妻と娘に持たせていたほか、それ以外に友人や同業関係者に本件建物の利用を許していた関係で、スペアキーなどがひそかに作られている可能性は否定できない。また、彼らの利用状況が厳重でない場合、故意でもなく鍵を閉め忘れたようなことがあって、その間隙をぬって原告の面識のない第三者が本件建物に入り込んだことはあり得る。さらに、被告は、本件建物が完全施錠であったと強調しているが、雨戸やサッシなどの施錠は、通常の施錠であって、厳重な施錠ではなく、本件建物が無人であれば、ちょっとした細工で人為的に外部から開けることは物理的に十分可能である。したがって、鍵の保管状況から、犯人は鍵の保持者以外のものではないと一概には断定できず、被告の主張は飛躍している。

3 本件保険契約締結を巡る事情

原告は、本件建物につき進行中であった千葉信用金庫の差押は、余剰不足のために明らかに取下げになる見通しを持っていた(実際その後取下げがなされた。)から、右差押は、原告が重大犯罪を犯すほどの動機には決して結びつかない。

また、本件建物については、A住宅が金融機関からの住宅ローンを設定するときに、長期の建物火災保険に加入していた。このとき、原告は、A住宅の代表者や従業員ではなかったから、火災保険が建物だけで動産は入っていないという事実を知らず、その後平成五年に代表者になってからも、右事実を知らずにいた。ところが、平成七年暮れに住宅ローン会社から送られてきた書類の中に火災保険証書のコピーがあり、原告は初めて動産に保険が付けられていない事実を知るに至った。そこで、原告は、当初日動火災に声を掛けていたが連絡が容易に取れず、被告の担当者に自然な形で話をして、本件保険契約を締結したものである。本件保険契約が一年契約であることにかんがみると、約三か月後の本件火災発生は、原告の動機を疑うほど早すぎるということもない。

さらに、本件保険契約の保険金額は、娘などの子供を含めた高年齢夫婦の家財の保険としては、通常よりも比較的少ない保険金額を掛けているといえる。原告は、船橋民主商工会の副会長という要職にあり、難病にかかっている妻との終の住まいとして本件建物を購入し、本件保険契約加入後にはペンキを塗って改装をしていた。原告は、高齢であって、自分と病妻の残り少ない人生をいかに過ごし、人生の最後を飾るかを考える年齢であり、本件建物に掛けられた保険については、建物の質権者が保険金を持っていくことを十分認識している。そのような原告が、放火までして保険金を取らなければならない動機はない。

4 原告の経済状態

被告の主張4も争う。

5 原告の行動

本件火災の発火時点は、午後八時二五分よりも相当前であった可能性が高い。なぜなら、本件火災が発生してから四〇〇度以上になり、その後火勢が酸欠とともに弱まり、ほとんど鎮火寸前にまで室内温度が落ちていたというには、その所要時間として本件原因調査のように二時間を想定すること自体根拠に乏しく、もっと三時間ないし四時間を想定することが可能であるし、妥当でもある。

他方、原告は、本件火災当日、茂原に行くため日本道路公団に四〇〇円の料金を支払い、次に千葉県道路公社に高田料金所で三〇〇円、大野料金所で三一〇円を支払って、高速道路を降りた(いずれも領収書がある。甲一二ないし一四。以下「本件各領収書」といい、本件レシートと併せて「本件レシート等」という。)。そして、午後六時三二分にセブンイレブンでポッカコーヒー、おにぎり、ハサミなどを購入し、午後七時一五分ころから茂原地区で不動産販売のチラシを配布していた。本件レシート等は、当該人物のありふれた行動に即して作られるものであるから、一般的な信用力は高い。しかも、原告は、これを本件火災後に提示して、自己が前記店舗のビデオに写っている可能性を指摘して、そのことも確認して欲しいと申し入れていた。加えて、仮に原告が偽のアリバイ工作をする必要があったのであれば、本件レシート等より客観的で確実性のある資料を後日のために入手するものと考えられる。しかも、原告は、本件レシート等をしまい込んだ場所をなかなか思い出せず、これを証拠として出すのが遅れたものであって、原告がアリバイ工作をしたというようなことは全く考えられない。

そして、原告は、午後一〇時二四分に、自宅にいた妻から原告が所持していた携帯電話に本件火災の第一報を受け、茂原から現場に急行した。その間、午後一〇時四〇分と一一時二六分に二回の電話を受け、本件火災の状況などを聞いていた。なお、被告が走行実験した山中ルートは、実際に原告が走行した海岸ルートとは異なっている。七月一二日は、海岸ルートのそれぞれのポイントでは、行楽客が道路際で夕涼みをし、夜遅くまで往来が止まず、当該道路は混雑していたうえ、先を急ごうにも片道一車線の追い越し禁止であって、現場到着は午前零時を超えていた。したがって、原告が本件原因調査で出火時刻という午後八時二五分に現場に到着するのは困難であるというほかない。また、原告が現場に到着しても、いきなり放火し始めることはできず、到着後から実際の発火開始までの時間はさらに一五分ないし二〇分はかかるから、午後六時三〇分過ぎに茂原を発って鴨川の本件建物まで来て午後八時二五分に発火させるのは到底困難である。そして、前記のように、発火開始時点が午後八時二五分の三時間ないし四時間前であるとするならば、原告のアリバイは完全に成立する。

【争点2】 被告の保険金支払義務は、時効により消滅したものと認められるか否か

(被告の主張の骨子)

1 保険金請求権の時効の起算点(民法一六六条一項の「権利を行使することを得るとき」)は、保険事故発生の時点と解すべきであるから、本件火災にかかる保険金請求権の時効の起算点は、平成八年七月一二日であり、原告の本件訴訟提起時までに二年が経過した。

被告は、右消滅時効を援用する。

なお、時効の起算点につき、保険金請求権者が保険事故の発生を知ったときとする説をとっても、原告は、本件火災の発生当日に事故の事実を知ったものであるから、時効の起算点は平成八年七月一二日となる。さらに、時効の起算点につき、約款の定めがある場合は、所定の手続を終了した後三〇日が経過したときとする説による場合、「所定の手続」とは、本件約款二四条が規定する。保険契約者または被保険者が保険の目的について損害が生じたことを知ったときに、これを保険会社に通知し、かつ損害見積書に保険会社の要求するその他の書類を添えて、損害の発生を通知した日から三〇日以内に保険会社に提出するという手続であり、本件約款二九条によれば、保険金の支払時期は、保険契約者または被保険者が右所定の手続をした日から三〇日以内と規定されているところ、原告は被告に対し所定の手続を平成八年八月に、日付のみ空欄の損害明細書で行い、被告はこれを同月二〇日に受け付けているから、同年九月二〇日から二年間が経過した平成一〇年九月二〇日に消滅時効が完成することは明らかである。

2 免責主張がなされるまで時効が進行しないとする原告の考え方は、学説上存在せず、保険会社の免責主張がない前は、裁判に訴えて請求権を実現することが困難であるとする前提も合理性がない。すなわち、保険金請求権の行使は、保険事故発生後いつでも可能である。保険会社で調査が必要なのは、どのような保険事故にも必ず付きまとう必然である。

3 被告は、本件火災発生から約半年後の平成九年一月八日に、支払ができない旨通知しており、この時期は決して遅い時期ではない。これに対し、原告は、田中三男弁護士名で同年二月一七日付書面により、被告に対し支払拒絶の理由の開示を求める通知を出している。被告は、右書面に対しても同年三月一四日付け書面で、本件火災発生と原告本人の関与を否定できない旨回答を出しているが、右時点でも本件火災発生から一年以内のことであり、原告には弁護士も付いており、時効期間である二年間には大幅な余裕がある。さらに、被告は、その後の原告の問い合わせにも、誠実に回答し、特に同年一二月一六日付け通知書では、訴訟手続に移行するようにまで示唆を与えていたにも拘わらず、原告はなお一年間にわたり訴えの提起をしなかった。したがって、信義則からいっても、被告側に落ち度はなく、消滅時効の完成は明らかというべきである。

(原告の反論・主張の骨子)

1 被告は、原告に対し、本件火災の直後から出火原因の調査が終わるまで保険金の支払請求を待つよう申し入れ、その後原因不明の故に原告に対する支払を留保し続けた挙げ句、平成九年一月一一日になって突然免責を主張して支払を拒否した。そうすると、被告の免責主張がなされて初めて被告の保険金支払の拒絶が判明し、それまでは原告が裁判所に訴えて請求権を実現することは事実上困難であるから、消滅時効の起算点は、右免責の主張があった日の翌日である同月一二日と解すべきである。

2 また、被告は、平成八年一二月末まで本件火災の出火原因などの調査を続けて、その間の支払請求につき、本件約款二九条但書で、原告に右調査の結果があるまで待つよう指示し、そのうえで年明けに免責主張をするに至った。したがって、保険金の支払時期については、被告の調査が終了した結果が出るときと解すべきである。そうすると、平成八年一二月三一日までに保険金の支払時期が延期されていたことになるから、消滅時効の起算点は、平成九年一月一日である。

3 さらに、原告は、被告から本件火災につき何の結論も出されず、火災原因調査が引き続き続けられていた状態の中、火災原因の究明に協力して欲しい旨の被告の要請を受けて、平成八年一一月二六日に被告に対し、本件火災の原因につき電池発火説を検討するよう申し入れる文書を送付した。したがって、右文書が発送された時点において、被告の調査が終わっていないことは明らかであるから、本件約款二九条但書の調査を終えた時点は、いかに早いとしても、平成八年一一月二六日以前ではあり得ず、消滅時効の起算点は、早くとも同月二七日となる。そうすると、原告は、平成一〇年一一月一六日、被告に対して内容証明郵便による保険金請求の催告を行ったから、これにより消滅時効は一旦中断した。

【争点3】 被告が支払うべき保険金はいくらか

(原告の主張の骨子)

本件火災による本件建物内の家財の新価としての損害は、別紙「損害明細書」記載のとおりであり、損害額の合計は七三四万五六七〇円である。

(被告の反論の骨子)

本件火災による本件建物内の家財に新価としての損害について、消防署の評価は一三四万五〇〇〇円、被告側の鑑定の評価は二四八万〇六一〇円である。

第三  争点に対する判断

一  認定事実その1―本件火災の態様と特色

前記第二の二の争いがない事実等に加えて、証拠(甲二三の一、二、乙二、九、一〇、一六、証人伊藤常男、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。

1  本件火災の発見と消火活動

本件建物は、嶺岡山系の北側、山の頂上付近にあり、道路から容易に見渡せる場所にあり、その位置関係は、別紙「案内図」のとおりである。また、本件建物の間取りは、別紙「平面図」のとおりであり、開口部は、雨戸が付いたサッシの掃き出し窓か、面格子の付いたサッシ窓であって、右雨戸(ノック式の錠)、サッシの掃き出し窓及びサッシ窓(いずれもクレセント錠)は、いずれも内側から施錠ができるようになっている。玄関のドアの内側には、上下に二つの錠が付けられており(ただし、右二つの錠に対する鍵は共通)、上下の錠とも縦になるように回したときのみ、ドアを開錠することができようになっている。

本件建物から南側上方約二〇メートルの所に住む畠山礼子は、平成八年七月一二日午後一〇時過ぎころ、本件建物全体が煙に包まれ、軒先から煙が出ているのを発見し、夫とともに本件建物まで赴いたところ、玄関には鍵が掛かっており、玄関脇の割れたガラスの奥の方で火が見えたので、火災と判断し、急いで自宅へ引き返して、午後一〇時一六分、一一九番通報した。

右通報を受けた館山市警防課は、鴨川消防署に対し無線で出動指令を発し、鴨川消防署では、消防車二台(鴨川一号車、鴨川二号車(各四名))と救急車一台が出動し、午後一〇時二四分現場に到着した(なお、現場における消防車等の配置は、別紙「消防活動状況及び付近見取図」記載のとおりである。)。現場到着時、本件建物は、外部から火煙等は確認できなかったものの、きな臭い状態であった。鴨川二号車に乗車していた石川孝男救助隊長(以下「石川隊長」という。)と救助副隊長の伊藤常男(以下「伊藤副隊長」という。)は、まず本件建物敷地内に入り、玄関ドアが施錠されていて侵入不可能な状態であるのを確認し、次いで火災の熱によって既にガラスが割れていた玄関脇の格子窓(別紙「経路図」の赤の①)から中を覗き、煙が燻っているのを見た。そして、伊藤副隊長と隊員一名は本件建物の南東端から東側、さらには北側へ回って北西端まで(その経路は、経路図の青の②ないし⑥を順次青色点線で結んだ経路のとおり)の間を、また、石川隊長は本件建物の玄関より南側部分から西側に回って北西端まで(その経路は、経路図の黒の①ないし③を順次黒色点線で結んだ経路のとおり)の間の窓を、順次外から逐一手で触ってみる方法により、施錠されているか否かを確認したところ、雨戸がある部分は雨戸が閉められていたのを含め、すべて密閉され施錠されていた。そこで、伊藤副隊長は、玄関前まで引き返し、反対側から玄関前に引き返してきた石川隊長と協議した結果、本件建物の一階和室六畳間の施錠された雨戸をバールでこじ開け、内側のサッシ窓のガラスを破壊し、内側の錠を外してサッシ窓を開け、本件建物内に侵入した(その位置は、同図面の赤の②の地点)が、熱気で耐えられず、赤の③の地点まで進んだ後一旦引き返して外に出た。伊藤副隊長は、しばし外で待機した後、再び前記赤の②の地点から屋内に侵入し、玄関(赤の④の地点)まで行って、放水のための侵入路を確保すべく玄関のドアを開けようとしたところ、施錠されていて、ドア内側の一段目の錠をひねって開けただけでは開かず、二段目の錠をひねることにより、ドアを開けて玄関表へ出た。なお、右侵入時点で伊藤副隊長が一階を見て回った際には、既に本件建物内部が酸欠の状態で自然に火勢が衰えてしまっており、洋間のテーブルの椅子が窓を開放することにより少し燃え出したほかは、和室六畳間の天井、押入の上の方に少しくすぶりがある程度であった。

伊藤副隊長はじめ救急隊員は、午後一〇時二九分ころから、ポンプ付の鴨川二号車と貯水槽側に配備した鴨川一号車から鴨川二号車が中継を受けたホースにより、まず本件建物の一階和室六畳間及び洋室を中心に一階全体に放水した。次に、伊藤副隊長は、一階の放水を鴨川一号車の隊員と交替し、二階の南側バルコニーの東側にはしごを掛けて、隊員一名とともにバルコニーに昇った(経路図の青の⑪の地点)。そして、伊藤副隊長らは、二階南側和室開口部の施錠状況を確認したところ、南側及び東側の雨戸やサッシ窓がいずれも施錠されていた(なお、二階北側和室については、最初二階に昇った鴨川一号車の隊員によって施錠されていることが確認されていた。)ため、前記同様の方法で雨戸とサッシ窓を壊して、青の⑫の地点から二階の屋内に侵入し、青の⑭の地点へと進んで、押入れや物入れの部分を中心に放水した。

その後、石川隊長や伊藤副隊長らは、午後一一時六分ころには本件建物の鎮火(完全に消火されて再燃の危険がない状態)を確認し、鴨川一号車は翌一三日午前零時九分ころ、鴨川二号車は午前零時一九分ころには現場を引き揚げて帰署した。

2  本件火災による本件建物の状態

伊藤副隊長は、前記消火活動の際、本件建物内部のうち一番燃えていた場所、すなわち最も炭化が強かった場所は、一階和室六畳間の押入の上段から天井にかけての部分であると認識していた。

他方、本件火災の翌日、鴨川消防署(調査員は石川隊長)が本件建物で行った本件原因調査の際に検分できた本件建物の状態は、次のとおりである。

本件建物は、本件火災によって外壁等には焼損がほとんどなく、一部軒先に焦げが見られる程度であった。これに対し、本件建物内では、一階の玄関、和室六畳間、洋室及び台所が焼損し、特に和室六畳間の焼けが強かった。また、二階は、一階和室六畳間の上段から天井裏を経て二階南側和室六畳間の押入部分へと焼けの方向性を示し、他の部分は熱によって燻焼していた。焼けの強い一階和室六畳間では、天井はすべて焼け落ち、四方の柱は、六畳間内側の剥離が強く、内側からの焼けを示していた。また、床は、畳の上に電気じゅうたんが敷かれていたが、その畳及び電気じゅうたんは、特に焼けの強い部分も見られず一様に焼損し、隣の洋室との境の敷居部分で焼け止まっていた。なお、右畳やじゅうたんからは、油は検出されなかった。押入部分は、下段より上段部分の方が焼けが強く、押入天井部分には一部燃え残りが見られた。右押入上段部分には、空き缶に入った多量のマッチ(ただし、右空き缶も外からの焼けを示していた。)、数本のラッカーシンナーが発見された。また、本件建物内には、自然発火に結びつくような薬品等は発見されず、雨漏りの跡もなかった。

電気関係については、漏電ブレーカーが人為的に切った「切り」の状態であり、原告ら関係者に聴取したところ、これらの者の中には切った者はいないとのことであった。なお、洋間の電話の電源アダプターと台所の冷蔵庫以外は、電気製品の電源プラグは、一階和室六畳のものを含めてすべて抜かれ(ただし、同室入口付近の証明スイッチ(埋込みの蛍スイッチ)は「入り」の状態であった。)、冷蔵庫の冷凍室に入っていたむすびがかびていた。平成八年六月二一日の電気検診日から七月一二日の本件火災当日までの積算電力計メーターが同じであり、電気の使用量はゼロ(一キロワット以下)であった。ただし、原告に頼まれて本件建物の管理をしていた望月武夫に事情聴取したところ、右望月は、出火当日も、本件建物に付属する浄化槽ポンプ(一時間当たりの消費電力は約三〇ワット、一日では約七二〇ワット)が動いている音を聞いていたとのことであった。また、本件建物内には、漏電特有の深い燃え込みは発見できず、電気配線に溶こんもなかった。

3  株式会社分析センターによる本件火災焼残物の分析(本件分析)

原告は、本件火災の後、本件建物の外部及び内部の一部につき掃除をしに行き、錠の掛かるところは施錠をし、サッシやガラスの壊れている部分については戸襖やドアを内側から釘で打ち付けることにより、外部からの侵入を防ぐとともに、被告の要請により本件火災時の現場を保存する態様で、本件建物を管理していたところ、被告が手配した数名の調査員が、平成八年八月二一日、本件建物に臨場し、本件建物内部の別紙「分析・採取場所」記載の各地点(以下「本件各採取地点」という。)から本件火災による焼残物(以下「本件各採取物」という。)を採取し(以下「本件採取」という。)、株式会社分析センターが本件各採取物につき高感度の測定装置(火災後三か月程度までの条件であれば、十分に検出可能とされているもの)を用いてガスクロマトグラフ質量分析法により試験を実施した(本件分析)。その結果、本件各採取物からは、別紙「分析結果」のとおり、いずれも炭素数九ないし一五を中心とした系列的な一連の炭化水素群(脂肪族飽和炭化水素)が検出され、その出現の型は、軽油とは異なるものである一方、加熱を受けた灯油と同じ傾向を有するものであった。そして、一般住宅の火災から生じた火災焼残物についてガスクロマトグラフ質量分析を行った場合、通常は灯油、軽油は検出されないか、検出されてもその検出量は一グラム当たり0.3μg以下にとどまるのに対し、灯油ストーブ、または灯油もしくは軽油入りポリタンク設置部やその周辺部のように、火災前に灯油や軽油が存在した部位は例外であり、一グラム当たり0.3μg以上が検出されるようになる。本件各採取地点やその付近には、灯油入りポリタンクやストーブ等が存在した形跡はないのに対し、本件各採取物から検出された灯油に類似する脂肪族飽和炭化水素の量は、別紙「分析結果」のとおりであり、一階和室六畳間押入上段からは一グラム1.6ないし2.2μgの脂肪族飽和炭化水素が検出され、他方、その他の地点からの採取物はいずれも0.3μg以下であった(ただし、一階和室八畳間押入内収容の布団の一部からの一グラム当たり1.8μgが検出された。)。

二  争点1に対する判断その1―本件火災の原因についての考察

前記一の認定事実を前提にして、鴨川消防署による本件原因調査(乙一)も参照してみた場合、前記のような本件建物の焼損状況からして、本件火災の出火元は、一階和室六畳間と推認される。そこで、本件火災の原因につき考察すると、まずいわゆる自然発火については、①それに結びつく薬品等も発見されなかったこと、②一階和室六畳間押入上段にあったマッチ、ラッカーシンナーでは、発火温度が足らないこと、③マッチが入っていた空き缶も、外からの焼けを示していることから、マッチがこすれての発火等も考えにくいこと、④雨漏りもなかったから、ネズミの糞尿、藁への雨水侵入による発熱等も起こりにくいこと、⑤雨戸がほとんど閉まっていて、光が建物内部に入りにくいから、収れんなどによる発火も可能性が薄いことからして、自然発火の可能性は非常に薄いといえる。

次に、前記一2の電気関係についての認定事実、すなわち、本件火災当時の電気検針の結果及び漏電ブレーカーが切られていた(なお、一階和室六畳間等の電気製品の電源プラグもすべて抜かれていた。)事実に照らすと、本件火災当時、電気は通電されていなかったものと認められるから、電気器具及び電気配線からの出火の可能性はないといってよい。

一方、出火元の一階和室六畳間のうち、押入上段四箇所から採取した焼残物からは、いずれも通常の一般住宅でも見られる範囲を相当上回る量の灯油に類似する炭素分布の脂肪族飽和炭化水素が発見された事実(本件分析の結果)に照らして考えると、本件火災当時右押入上段には、灯油あるいはそれに類似する可燃性液体が存在したものと認められるところ、付近に灯油入りポリタンクや石油ストーブ等が存在した形跡がない(別紙「平面図」と証拠(乙一一の鑑定写真第八図)によれば、本件建物内のうち石油ストーブがあったのは一階洋室である。)ことにかんがみると、右灯油ないしそれに類似する可燃性液体は、故意に散布されたものと推認することができる。そして、一階和室六畳間のうち、押入上段の部分の焼損が最も激しかったことからすると、具体的な着火方法までは特定できないものの、本件火災は、何者かが一階和室六畳間押入上段部分に灯油ないしこれに類似する可燃性液体を散布したうえで、これに火を付けて燃え上がらせたもの、すなわち放火と推認するのが合理的である(以下本件火災を「本件放火」という。)。

この点、本件原因調査(乙一)では、放火の可能性も極めて薄く、本件火災の原因については不明としているけれども、その理由は、本件建物の施錠が完全であったため、外部からの侵入が考えられないというものであって、外部の者による放火の可能性にのみ着目していることが窺われ、たしかに外部の者による放火の可能性が否定されるべきことはそのとおりであるとしても、施錠可能な者による放火の可否という観点からの検討が全くなされていない点において、不十分であったといわざるを得ない。また、原告は、本件分析に用いた資料の真偽や本件採取ないし本件分析の時期、さらには現場保存の程度について疑問を呈しているが、現場ビデオ(乙一四)によれば、平成八年八月二一日、調査員が本件建物から焼残物を試料として採取したことが認められるところ、被告ないし株式会社分析センターが敢えて本件分析の過程で、本件建物から検出された試料以外のものを用いて、虚偽の検査結果を出そうとしたとは考えがたいし、本件採取及び本件分析の時期的な問題についても、本件採取は本件火災から約四〇日経過後になされたものであるから、測定装置の時期的な感度の範囲内であって問題がないとみることができるほか、現場保存の点についても、原告自身、被告の要請に従い、特に外部の者の侵入を防ぎ、自らも本件建物内に入るのを比較的遠慮するなど、現場保存に協力していたことを自認しているところである(甲二三の二、原告本人参照)。したがって、本件採取及び本件分析を証拠価値のないものと評価することはできないというべきである。

また、本件分析において、可燃性液体の成分が一階和室六畳間押入だけではなく、燃えなかった一階和室八畳間の押入内収容の布団にも、一階和室六畳間押入内と同程度の量が検出された点については、なぜ一階和室八畳間の押入内収容の布団の一部にも可燃性液体の成分が検出されたのかは必ずしも明らかではないものの、本件分析では、出火元の一階和室六畳間押入内収容の布団の一部には一グラム当たり0.021μgと、一般住宅で通常検出される最大量をはるかに下回る量しか検出されていないことと対比して考えると、放火した者が火災原因の調査を撹乱する目的で、出火元とは異なった場所にも灯油等が散布された布団をわざと収納したかもしれないし、あるいは、灯油等を散布して放火した者が、一階和室六畳間押入上段に灯油等を散布した際、たまたま近くに収容されていた布団にも灯油が飛散したため、布団は燃えにくく、火災に遭っても焼け残りやすいので、火災原因が容易に判明するのを恐れて、限られた時間内に隣室の押入内にその布団を運び込んで収納したかもしれないなど、いくつかの合理的な説明が可能であり、本件火災の原因が本件放火であることと必ずしも矛盾しないということができる。

三  認定事実その2―本件放火に対する原告ないしその意を受けた者の関与の有無に関わる重要な事実関係について

1  本件放火の特徴からみた放火者の特定

本件放火の特徴の一つは、放火者が本件建物を去る際完全施錠していた点にある。これに対し、原告は、本件火災時に本件建物が完全施錠であったとの事実を争い、前記【争点1】「原告の反論の骨子」1のとおり、施錠されていなかったと考えられる場所として、①本件建物の台所掃き出し窓、②一階和室八畳間の掃き出し窓、③玄関ドア(上の錠)を指摘して反論し、①、③については、右反論の内容に沿う供述をしている(原告本人)。しかしながら、まず、本件建物の施錠状況については、伊藤副隊長が、目でみるだけではなく、物に確実に触って、施錠されているか否か確認するのは、消防活動の鉄則であると述べたうえで、本件建物についても、すべて開くか開かないか、確実に動作で確認した(伊藤副隊長自身の確認部分は、建物の北側一番奥の①を含む。また、伊藤副隊長らが消防活動のため意識的に雨戸やガラスを破壊したのは、一階和室六畳間の東側掃き出し窓部分と二階南側和室の南側掃き出し窓部分のみである。)旨明確に証言している(証人伊藤)ところ、伊藤副隊長は、本件訴訟につき全く中立的な立場にある公務員であるとともに、最初に本件建物内に入ったときに非常に熱い思いをしたことや、密閉された建物が酸欠状態で早く自然鎮火したことで、本件火災が特に強く印象に残っていると述べていることからして、伊藤副隊長の証言の信用性は非常に高いものと評価することができる。また、①については、本件火災当時二種のカーテンが開いていたというのは、原告の供述するとおりであっても(甲二五の写真2、乙二の11番の写真参照)、クレセント錠が引っかけ部分も含めて全部すすけていたとする点は、裏付けに乏しい(甲二五の写真2によっても明確ではない。)うえ、仮に、原告のいうとおりであるとしても、消防隊員は、本件建物に侵入後すぐ(放水開始時が前記のとおり一二日午後一〇時二九分ころ)に、排煙や熱気排除の目的で本件建物の窓を内側から開錠して開けていたことが認められる(証人伊藤)から、原告が本件建物に到着したときには、その開錠時からも時間が経過しており(一三日午前零時を回っていた。甲二三の一参照)、クレセント錠全体がすすけていたとしても不自然ではないことにかんがみると、右事実をもって、台所の掃き出し窓部分の施錠がなされていなかったものと推測する原告の反論は採用できない。次に、②については、前記一2の認定事実によれば、石川隊長が最初に確認することになった部分であって、同隊長が確認し損なったということは、考えがたい。さらに、③についても、伊藤副隊長は、玄関ドアにつき、最初上のロックを開けた時点で開かなかったため、もう一度、二重のロックということで下の方のロックを解放して開けた旨明確に証言している(証人伊藤)ところであって、錠を二回開けたという伊藤副隊長の説明が勘違いなどということは困難である。しかも、原告は、本件火災後二重の錠につき、上が縦に、下が横の状態であったことが判明したといって、その状態をわざわざ写真撮影している(甲二五、原告本人)けれども、伊藤副隊長が玄関ドアを開けたときの二つの錠の状態がこのとおりであったという点については、原告の申告のみであって的確な裏付けに乏しく、ただちには採用できない。そして、他に本件火災時に本件建物が完全施錠の状態であったことを覆すに足りる的確な証拠は見出せない。

ところで、本件建物の鍵について、原告のほか妻と娘のみが持っていた事実については、争いがない。そうすると、本件放火の後完全施錠して本件建物を出ることができるのは、まず、原告家族とその意を受けた者の可能性が考えられる。これに対し、原告は、前記【争点1】「原告の反論の骨子」2のとおり、①本件建物の利用を許したことがある友人、同業関係者らによるスペアキーの作成の可能性、③それらの者による鍵の閉め忘れの可能性、さらには③「完全施錠」を外部の者が人為的に突破した可能性を指摘して反論する。しかしながら、①については、原告自身、本件建物に火を付けられるような恨みを持っている者はいない旨供述しており、原告が鍵を貸与した友人知人が本件放火を敢行する可能性は薄いといえる。②については、原告は、娘とその友人が平成八年六月八日から九日にかけて一泊したのが、本件火災前に本件建物を利用した最後である旨供述している(原告本人)ところ、本件全証拠によっても、原告家族がそれ以後本件火災前までの間に、本件建物の鍵を他人に貸与したような事実は認められないし、従前原告家族から本件建物の鍵を借りた者が、原告家族に無断でわざわざスペアーキーを作っておき、本件火災前の一か月程度の間に、原告に無断で本件建物を使用したような具体的な心当たりが原告にあるわけでもない(原告本人参照)うえ、仮に誰かが本件建物の鍵を閉め忘れたとして、その隙に本件建物に侵入した者が本件放火を行ったうえ、その者までスペアキーを所持していて完全施錠して脱出したという可能性はほとんど考えにくく、②の可能性も非常に低いとみざるを得ない。また、③については、本件建物の窓の構造(雨戸とサッシの掃き出し窓か、格子とサッシ窓の組み合わせとなっている。前記一1参照)や窓の錠の性質(前記一1参照)からして、本件建物の錠を人為的に突破する可能性自体少ないうえ、仮に外部者が人為的に突破して本件建物内に侵入したとしても、本件放火を敢行した者が、(その鍵を所持していないはずの)玄関の錠も含めて完全施錠して本件建物を出ることは考えにくいというよりは、むしろ不可能である。

したがって、本件放火は、完全施錠下での脱出という点からして、本件建物の鍵を所持していた原告家族あるいはその意を受けた者でなければ実行することが困難なものといわなければならない。しかも、怨恨者による放火(ただし、その可能性が薄いことについては前記のとおり)や浮浪者等の愉快犯による放火の場合には、放火後直ちに逃走せず、本件建物をわざわざ完全施錠することは無意味であると考えられるのに対し、本件放火をした者が本件建物を完全施錠下に置いたのは、本件建物を密閉し、意図的に本件火災の外部からの発見を遅らせるためではなかったかと推認される。さらに、本件放火を敢行した者が、遅くとも本件放火後本件建物を脱出する際までに、わざわざ漏電ブレーカーを切って出ている(本件建物の冷蔵庫の冷凍庫内のおむすびが黴びていたことや、平成八年六月二一日から七月一二日までの電力使用量がゼロ(一キロワット以下)であったことにかんがみると、右期間中継続して漏電ブレーカーが切られていた可能性もあるが、本件火災当日も本件建物に付属する浄化槽のポンプが動いている音を近所の望月が聞いていたという事実に照らせば、少なくとも本件火災当日の昼間は、右ブレーカーが切られていなかったものと推認できる。)ことも、本件放火の特徴の一つである。これも、怨恨者や愉快犯等であれば、敢えてブレーカーを切って退出する必要性に乏しいのに対し、原告ないしその関係者であれば、本件保険契約には、保険契約者ないし被保険者の重過失をも免責の対象とする本件免責事由があることを慮れば、漏電の可能性を疑われては困るから、これを防ぐために意図的に漏電ブレーカーを切って出る合理的な理由があることになる。

2  本件保険契約を巡る事実関係

証拠(甲五、甲二三の一(一部)、乙二、一二、一三、二一ないし二三、二五ないし二九、原告本人(一部))によれば、原告は、二五年前から不動産業を始めて今日に至っているものであるが、平成五年一二月には、社団法人日本損害保険協会の普通資格を取得し、一年間損害保険の代理店の仕事に従事した経験を有するものであること、原告は、昭和五七年に原告自宅の敷地を購入するとともに原告自宅建物を新築し、その際、原告自宅建物とその中の動産も含めて一体として損害保険に加入していたこと、一方、原告は、昭和六三年に病妻の療養のために、自己資金にて本件建物の敷地を購入するとともに本件建物を新築し、しばらく夫婦で居住していたが、平成元年六月ころには夫婦とも原告自宅に戻り、その後は本件建物を別荘のようにして使用していた(なお、本件建物とその敷地の所有名義は、平成三年一二月、原告個人名義から便宜A住宅の名義に移転された。)こと、原告は、本件建物新築の際、当時長男の甲野一郎が代表者を務めていた同族会社のA住宅を債務者として住宅ローン会社から建築資金一七五〇万円を借り、本件建物とその敷地に抵当権を設定したが、損害保険については同和火災に本件建物のみを対象とした長期の建物火災保険に加入し、本件建物内の動産については付保していなかったこと、その後、原告は、平成五年九月に甲野一郎に替わってA住宅の代表取締役に就任していたが、動産保険についてはそのまま未契約状態のまま推移し、平成七年ころには、本件建物及びその敷地を売却して、新たに近隣に土地を購入し建物も建て直そうと考えたこともあったが実現しないでいたこと、そうしたところ、原告は、平成八年四月二六日に至って初めて、本件建物内の家財につき、保険料三万三六〇〇円を支払って、被告との間で新価補償の特約のある本件保険契約を結ぶに至ったこと、なお、本件火災の翌日に鴨川消防署の消防士が、本件建物の洋室で、原告本人にその品名、購入年月日、購入金額を確認し、作成した一覧表は、別紙「罹災物品算定金額一覧表」のとおりであって、これによれば、本件火災当時本件建物内に存在した家財(その購入時期はいずれも昭和六三年ないし平成元年である。)の時価は合計一三万四二四〇円程度、購入金額(新価)はその一〇倍の一三四万二四〇〇円程度であったこと、これに対し、原告が平成八年八月になって被告に請求し、本件訴訟でも請求している損害額は合計七三四万五六八〇円であること、ところで、本件火災直前の平成八年六月二五日には、総合住金株式会社の申立により本件建物とその敷地につき競売開始決定がなされ、同月二七日には差押がなされていたほか、本件保険契約当時、原告自宅には、原告を債務者とする債権額二五〇〇万円と四〇〇万円の抵当権(債権者は船橋信用金庫)、債権額六〇〇万円の抵当権(債権者は前田充伸)、A住宅を債務とする極度額六〇〇万円の根抵当権(債権者は千葉信用金庫)、債権額五〇〇万円の抵当権(ただし仮登記。債権者は住宅信用保証株式会社)が付されていたこと、また、本件保険契約当時、A住宅は、資産が一億円程度であったのに対し、借入金が一億六〇〇〇万円位あって、負債が五〇〇〇万円以上ある状態であったこと、結局本件建物とその敷地は、平成一〇年四月に競売による売却で第三者のものとなったこと、以上のとおり認められ、証拠(甲二三の一、原告本人)中、右認定に反する供述部分は採用しない。

右事実によれば、原告は、本件保険契約当時、原告個人及び原告が経営する同族会社のA住宅の財務状態が芳しくない状況にあったところ、本件建物新築以来一〇年以上も動産に関する保険は未契約のままできており、その一年前には一旦買替まで思案した別荘である本件建物内の家財(その購入時期も七、八年前であった。)を対象として、新規に新価補償特約付の本件保険契約を結んだが、その後三か月も経過していない時点で本件火災が発生し、本件火災直後に自認していた購入金額の五倍を超える保険金を請求したことが認められるのであって、このような本件保険契約当時の原告の経済状態、本件保険契約締結の時期、本件建物内の家財の実態と本件火災により原告が得ようとした利益との対比、本件建物自体に対する原告の愛着の度合等にかんがみると、原告には、本件保険契約を締結した後、本件建物を罹災させることにより、保険金を取得しようとする動機が十分存在したものと認めることができる。なお、原告本人は、平成八年五月の連休に六〇万円をかけて本件建物の屋根と外壁を塗装した旨供述し、たしかに証拠(乙二の写真)によれば、本件建物の屋根と外壁は比較的新しく塗装されたものであることが認められるけれども、右原告主張の時期における六〇万円の支出については的確な裏付けに乏しいうえ、仮に原告が供述するとおりであるとしても、右出損額は、原告が被告に対し請求している保険金の額に比べると一〇分の一にも満たない金額であることにかんがみると、右出損の事実をもって、原告の前記保険金取得の動機が存在したものとする推認がただちに覆るものと評価することはできない。

これに対し、原告は、本件建物内の動産につき保険を掛けていなかった事実を平成七年暮れころまで知らなかった旨反論し、原告本人もこれに沿う供述をしている(原告本人)けれども、原告は、本件建物を病妻のために購入し、実質的な所有者というべき立場にあり、A住宅といっても同族会社で、その代表者も長男であったことからすると、真に本件建物内の動産の罹災による損害を心配し、付保する意思があったのであれば、前記のような原告の職歴に照らしても、自らが早めに確認し契約するなど対処していたはずであるのに、長年にわたって未契約状態であったのを知らなかったというのは、容易に信用しがたい。

3  原告のアリバイについて

原告は、本件火災当時原告にはアリバイがあるとして、前記【争点1】「原告の反論の骨子」5の第二及び第三段のとおり反論し、これに沿う供述をなす(甲二三の一、原告本人)とともに、これを裏付けるかのような証拠として、本件レシート(甲一五)のほか、本件火災当日の日付の入った大宮、高田及び大野の各料金所における高速料金の領収書(本件各領収書)が存在する。しかしながら、本件レシート等のとおり、仮に原告自身が本件火災当日、大宮、高田、大野の各料金所を経て車で茂原市内に行き、午後六時三二分ころに、茂原市内のセブンイレブンに立ち寄っていたとしても、本件原因調査によって本件火災発生時刻とされている午後八時二五分までにはなお一時間五三分の間隔があり、被告側で曜日と時間帯を同じくし、しかも茂原市内及び鴨川市内でより渋滞が長いと考えられる夏休み期間中である平成一一年八月六日に行った走行実験でも、前記セブンイレブンから山中ルート(内陸部のいわゆる広域農道を利用)を経由した本件建物までの所要時間が一時間二四分であったこと(乙一七)と対比すると、原告が茂原市内のセブンイレブンに立ち寄ってから鴨川市内の本件建物に到着し、本件放火に及ぶことは可能であったとみることができる。原告は、前記セブンイレブンを出て、不動産のチラシを配布していたところ、本件火災の第一報を午後一〇時二四分に受け、茂原市内から観光客で右時間帯でも混み合う海岸ルート(海岸沿いの国道一二八号線を南下するルート)を通り二時間近くかかって本件建物に到着した旨供述するが、深夜のチラシ配布自体いささか不自然で的確な裏付けが乏しいうえ、夏休み前の七月一二日(金曜日)の午後一〇時半以降の時間帯に海岸ルートが観光客で混み合っていたという供述内容も不自然であり、しかも、本件火災の第一報を受けて現場に急行する必要があるというときに、近辺の地理に詳しい(原告本人)原告が、敢えて観光客で混み合うという海岸ルートを利用したというのも不合理であって、少なくともセブンイレブンを出てからの原告の行動についての原告本人の供述部分は、容易に採用しがたいというべきである。なお、本件火災当日の午後一〇時四〇分と一一時二六分に、自宅から原告が所持していた携帯電話に電話が入り、会話が行われている事実(甲一六、原告本人)をもってしても、そのとき原告が居た場所についての原告の供述の裏付けとはならない。

なお、原告は、本件火災の発火開始時点を午後一〇時二五分の三時間ないし四時間前と想定可能である旨反論するが、午後八時二五分という火災発生推定時刻は、本件火災現場を実際に見た専門家である鴨川消防署が推定した時刻であり、密閉された酸欠状態で全焼に至らず半焼程度にとどまった(甲二参照)まま自然鎮火したという本件火災の特徴も併せ考えると、右推定時刻をもって格別不合理とみることはできない。

したがって、原告の主張する本件火災発生当時のアリバイは、ただちには認められないというべきである。

4  原告の言動について

原告は、本件火災当日、本件建物に臨場した際、未だ原告が本件火災に関して何ら疑われているわけでもなかったのに、消火活動に当たっている消防士を相手に、本件建物の玄関の二重の錠につき、上が横、下が縦の状態になっている状態を指示し、この状態では鍵は開かないはずであると主張し、すすけた部分を消防士に拭いてもらって、右二重の錠の状態を自分の写真機で写真撮影したり、台所の掃き出し窓についても、二種類のカーテンが焦げておらず、カーテンが開けられていたことを証明するためとして、同じく自ら写真撮影したりしていた(甲二五、原告本人)が、このような本件火災現場での原告自らが率先した証拠保全的行動は、いかにも不自然である。また、本件訴訟においても、原告は、①本件火災当時一階和室六畳間の入口付近にある照明スイッチ(埋込みの蛍スイッチ)はたしかに「入り」の状態であったものの、照明器具のプルスイッチの状態が「入り」か「切り」かは、右照明器具が落下していたため不明であった(乙二、証人伊藤)にもかかわらず、蛍スイッチは「入り」の状態で、反対に照明器具のプルスイッチは「切り」の状態であって、普段の原告家族の習性(入口の照明スイッチを「切り」、照明器具のプルスイッチを「入り」の状態にして帰るというもの)と反対である旨強調し、本件火災当時第三者が本件建物に侵入した可能性をことさらほのめかしたり、②本件火災の翌日に作成された前記「罹災物品算定金額一覧表」の作成経過について、実際は、前記のとおり品名、購入年月日及び購入金額を原告本人に確認して作成したものである(乙二五、二六)にもかかわらず、原告の意見も聞かずに消防署の者が勝手に書いたものかという当裁判所の補充尋問に対し、これを肯定し、自分は聞かれたこともないし、金額を告げたこともない旨供述したり、③前記のように、七月一二日の午後一〇時半以降の時間帯で茂原から鴨川に向かう海岸ルートの道が渋滞で混み合っていた旨供述したりするなど、本件火災や自己のアリバイ等に関わる重要な事実関係につき、客観的事実と矛盾した供述をしており、これらの原告の行動は、いずれも不審なものである。

四  争点1についての結論

これまで検討した本件火災の原因(本件放火)についての考察、本件放火の特徴から絞り出される放火を敢行した者の範囲が原告家族等の原告関係者に限定されること、本件保険契約を巡る重要な事実関係(原告の経済状態、契約締結の時期、保険金獲得の場合の原告が得べかりし十分なる経済的利益の存在等)からみた原告にとっての本件火災による保険金取得の動機の存在、本件火災に関する原告の不審な言動に加えて、原告にアリバイが成立するとはただちには認められないことをも併せて考慮すると、本件火災は、原告の関与のもとに、その意向に基づく放火によって発生したものと推認するのが合理的であると思料される。

そうすると、本件火災は、本件免責事由のうち、保険契約者の故意によって損害が生じた場合に該当するから、被告は、免責条項により免責されるものといわなければならない。

五  むすび

以上の次第で、原告の請求はその余の争点につき判断するまでもなく、理由がないというべきである。

(裁判官・徳岡由美子)

別紙案内図<省略>

別紙平面図<省略>

別紙経路図<省略>

別紙罹災物品算定金額一覧表<省略>

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